今宵は満月
憎いほど綺麗な満月
雲一つ無い 空に満面の星
その中に 狂おしいほど大きく 美しく咲き乱れているものは
オレの嫌いな黄金の月
act 2 : 「満月」
「なんだ、それは?」
皆の元に戻ってきた八戒、悟浄、そしての三人は、眉間に皺を寄せた三蔵に早速、睨まれていた。
「おお、早速“これ”が気に入ったか三蔵」
「遅いと思ったらそんなガキ連れて来やがって」
「この方はさんといいます。先程川辺で知り合って、訳あって一緒に来てもらったんです」
この地に共存する妖怪と対峙し、それでも、各々の意志尊重を否としない、不思議な少年。
彼らも同様の生き方をしていたから、を一人の人間として受け入れられた。
向こうが歩み寄ってくれたと言うより、自分たちから近付いたと言う方がしっくりくるくらいだが。
実のところ、八戒、悟浄共に、何かと理由を付けて、この少年と居る刻を伸ばしたかっただけであるのだから。
「で、その訳とはいったい何なんだ?まさかとは思うが、可哀相だから拾って来たとは言わんだろうな?」
「可哀相?」
「そこらに居た未亡人を、同情で拾ってきたのなら捨てて来いと言っている」
「お前、この生臭坊主!!」
「まぁまぁ、悟浄。確かに、この辺りに迷い子がいたとしたら、僕たちだって放っておく訳にはいきませんが……。でも三蔵。
今はそういう事ではないと、貴方自身も気付いているのでしょう?」
「お前らが連れてきた妖怪、全部退治してやったのになぁ」
八戒が三蔵に事情を説明しようとすると、しらっとはそう言いのけた。
少し挑発するかの様な笑みを零す、その様子からして、この場を取り持とうとしている訳ではなさそうだった。
「俺たちが連れて来た妖怪だと……」
「ああ。お前たちの気配が近付いたと思ったら、この周辺は騒がしくなったんだ。元々ここに住み着いていた妖怪の残りが多かっ
たのには違いねぇけどな」
「てめぇか……あんな邪魔な妖怪の残骸ばら撒きやがったのは」
「オレは自分のやりたい様にやっただけだ」
眉間に皺を寄せて話す三蔵に対し、真っ直ぐな目では答える。
どこかに笑みを湛えているものの、悪気も、曇りも無い目をしていた。
そんな時だった。
ひょこりとの前に現れ、なんだか目をキラキラさせた少年が、こちらを覗き込んだのは。
「なぁ。お前があの妖怪、全部やったのか!?」
「……え?」
「俺、悟空。孫悟空!お前すっげーな!!なぁな、今度俺とも戦ってくれよ!」
「おやおや。やっぱり悟空は飛び付きましたね。」
の回りをうろちょろする悟空と、今だ怪訝な顔つきの三蔵を八戒が簡単に紹介すると、三蔵は更に不機嫌になった。
「……おい、勝手に人物紹介なんてしてんじゃねぇ」
「なぁってばー……一回でいいからさぁー」
「あ、う、うん……」
「それっておっけーって事だよな?やっりぃー!じゃあ、絶対な!約束だぞ!!」
この悟空に向かって軽くそんな約束をしてもいいのかと周りは思ったが、当の本人は上の空で、何かを考える様にして三蔵を
じっと見つめている。
「お前もしかして……玄奘…玄奘三蔵法師か?」
「あぁ、そうだ。だから何だ」
「………」
その瞬間、の表情が変わった。
瞳を揺らした少年は、三蔵のその言葉に応えることはなかった。
――玄奘三蔵法師
桃源郷でも最高峰の位を持つというこの僧であれば、あの事を知らない筈がない
明日の我が身、此処での長居はやはり危険か――
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昨夜からは、調子を狂わされてばかりいた。
突然自分の前に現れた、妙な妖怪たちの気さくさ。
それに着いて来てみれば、彼の有名な僧侶が、さも当然の様に自分の目の前に姿を現すという奇怪な現実。
災難は予兆無くしては訪れぬと言うが、昨日の妖怪大量発生にはじまり、どれもこれも幅が広過ぎて着いていけない。
しかしながらは、ひと時でもこんな自分とまともに口を聞いてくれた生き物がいる事が不思議で、そしてどこかくすぐったく
なる様な感情を抱いていた。
悪い気はしない。
口の悪い自分に、こうも容易く近付いてくる者への戸惑いはある。
楽しいと感じた瞬間。それは、当人が知らなければ、意味が無いというものだ。
は立ち上がると、どこか懐かしい様な感情を抱きながら、一度だけ彼らの寝ている姿を垣間見た。
その瞬間、強く吹いた風がの着衣を弄び、かさりという軽やかな音を立ててその帽子を剥ぎ取る。
曙射す空を仰ぐと、白い月が満を満たそうと薄く輝いていた。
その後ろに気配を感じたのは、が帽子を拾おうとした瞬間のことだった。
「もう、行ってしまうのですか?」
声のした方をが振り向くと、二人の人物がこちらを向いて立っていた。
「玄奘っ……!」
「貴様には何かあるとは思っていたが、まさか異端の者だったとはな」
「さんが……!?」
三蔵の言葉に驚いたもう一人の人物、八戒は、何も知らないといった風に三蔵を見た。
「そうだ。こいつは、人間にも妖怪にもなれず、異端の者としてこの地に存在する“奇蹟の神仔”と呼ばれる特異の異端児だ。」
「………」
「そんな……何故、三蔵がそんな事を?」
「神の決め事なんざ俺は知らん。だが、聞いた事がある。通常は人間と変わらぬ容姿を持つ為、見分けが困難とされる異端児
が居ると。こいつは、ある条件を満たす日にのみ其れを垣間見る事ができると言われる、異形の者だ。」
「………」
「かつて人間が満月を見ると妖狼に変化すると言われた様に、お前は月潮によって姿を変える。血の様な赤い目は瞳孔が開き、
加えてそいつの“頭”がその証拠だ。」
三蔵が指摘した先には、昨日見たそれとは一変し、まるで満潮の月を思わせる様な金色をしたの頭髪が風に靡いていた。
昨夜、八戒が黒い影の中で見た瞳は、今、この距離からでもはっきりと確認できる。
瞳孔が開ききった、獣の様な目だ。
けれど、帽子を手にしたまま立ち尽くすこの者を見ていると、獣は愚か、普通の少年の様にしか見えない。
三蔵に指摘されるや否や目を伏せる。
ある一点をただ眺め続けるこの少年は、今いったいどんな表情をしているのだろうか。
「そう。そしてそれは今日。満月の夜にオレは変わるんだ」
少年はそう言った。声からその感情を知る事は出来ない。
――これは、悲しい気持ちだ。
いつでもそういうものなのだ。
が悪いのではない。
異端児と指摘した三蔵が悪い訳でもない。
神の都合に踊らされている自分に、ただ腹が立つだけだ。
何の前触れも無く昇霊銃を取り出した三蔵は、その銃口をに向けた。
「ちょ……ちょっと三蔵!いきなりどうしたんですか!?」
「こいつは妖しの血によって産まれた、人型の疫病神だ。そいつが俺の目の前に居る以上、生かしておく訳にはいかん」
「三蔵貴方…自分が何を言っているか解って……」
「八戒。お前は、神仔であるオレの事を本当に何も知らないんだな。」
三蔵に銃口を向けられた少年は、八戒の言葉を遮りそう言った。先程から逃げる事はおろか、動くような素振りも見せない少年。
「奇蹟の神仔に通う血液は、妖怪を不老不死にさせる力を持っているんだ。妖怪自我損失の事態にある今、
玄奘三蔵法師の名を持つお前が、このオレをみすみす逃す訳にはいかないって事だよ」
「ま……まさか、まさかそんな事…」
「訳はこいつの言った通りだ。どけ、八戒」
――何故、オレを殺さなかったの
――何故、オレを生かしたの
の心に、一筋の哀しみが過ぎる。
それは、幾度と無く通った筈の思いだ。
「おっと、そうはいかないぜ三蔵さんよ」
「やめろよ、三蔵っ」
三蔵を止めようとしていた八戒の腕を遮り、再度銃を構え直した彼のその先には、の前に立ちはだかる悟浄と悟空の姿が
あった。
二人とも、その表情に怒気を含んでいる。
「に何があったとか、どんな奴かとかはよく知らねぇけど、俺、今の三蔵は嫌いだ。」
「三蔵、お前ちょっと頭冷やせ。」
「俺に指図するんじゃねぇ。どけお前ら!」
「……なんで」
「……?」
「…どいてくれ、二人とも」
はそう言うと、手に持っていた帽子を被り、片手で二人の間に割り入った。
少年の見えない表情が更に隠れると、瞳孔の開いた赤い目を覗かせて、真っ直ぐと三蔵を見据える。
「玄奘。オレはこの通りの異端児だ。自分の身を隠していないと生きていけない。ただ、オレには今やらなきゃならねぇ事が
あるんだ。だから、それまででいいから……オレを自由にさせてくれないか?」
「………」
「それからなら殺してくれて構わねぇ。殺してくれ」
誰に殺されるかも判らない。
妖怪も、人間でさえも敵であるこの世界で、どのように生き、どのように死ぬのだろう。
哀しみが向こうからやってくるのが先か、自ら飛び込むのが先か。
どうも管理人です : これにてさんと皆々様との出会い編が終わった訳であります。
三蔵 : もっとお前はすっきりと書けんのか
どうも管理人です : 私には無理だお(゜∀゜)
三蔵 : 殺すぞ。
どうも管理人です : 生きる!!って打たないでぇええ((((゜д゜;)
八戒 : しょうがないですよ。さぁ三蔵、殺っちゃって下さい。(^^)
どうも管理人です : さぁ、やっちゃって下さいって……「や」が「殺」になってるわっ!!;;;;
悟浄 : ま、こんな変な作者だけど、飽きずにまた俺に会いに来てくれな
どうも管理人です : 変な作者・・・?え、ちょ、誰かフォローは??
悟空 : これからもよろしくなっ!!!^皿^=次