040. 粘土みたい






























地に足がついていて、いつの間にかそれはぴったりとくっつき離れられなくなっている

私はずっと空を見ていたけど、自分の足がそうなっている(・・・・・・・)事は知っていた

足の裏がぴったりと地面に着いてから、気付くと膝のあたりまで溶けて でろでろと地面に吸着していた

私はずっとその事に気付いていたけど 空を見た

いつしかそれは私の腰まで及んでいて、腕も先端が赤い色に染まって粘着のある液体になっている

[ 嗚呼 私はついに地となり土となるのだ ]

頭がすっきりとした すべてを失った清々しい気分だ

私の頭部は崩れ、じると脳が溶けていく

躰がとても熱い

けれど、私の眼球はまだ残っている気がした

赤い

赤い世界だ

私はそんな事も構わずに目を動かし、力一杯に想像する


空が観たかった















暑い日だ。じんじんと照る太陽は校庭の土中にある水分を蒸発させ、それを熱気へと変える。

木陰のない場所では、人間だけでなく、リレーで使うバトンや高飛び用のマットまでからをも悲鳴が聴こえる様だ。

九月と言ってもまだ暑い。二学期の中で最も大きい行事の一つである体育祭の練習で賑わう。

しかし、そんな中で汗ひとつとして掻く様子のない者が一人、居た。

ポトンと音を立ててマットに仰向けに落ちた肢体。

熱せられたマットの上で静止するその手足は、やけに長白く見えた。

彼女には体感温度が無いのだ。

だから熱を吸収することもないし、彼女の温度が周囲に熱を与える事もない。

いつも何を考えているのか分からない人物であったから、周りの人間は幽霊の様だと気味悪がった。

そしてそんな彼女の延長線上にもまた、色の生っ白い、涼やかな顔をした少女が凛として立っていた。

恐山アンナだ。

彼女もまた特殊な人物であたので、友達という友達はいない。

一見この二人は似ているが、その一種の中でも(たが)うものを持ち合わせる。

恐山アンナは威嚇する凄味と言うものがあり、片方の人物はと言うと、虚無からくる冷酷さがそれぞれあった。


彼女はもう、目覚めないのだ。

焼けるようなマットの上で一動もせず、ただ何か(・・)をずっと見ている(・・・・)

― そんなに長く見ていたら、目がじりじりと焼け溶けてしまうよ? ―

そんな虚無である彼女に、周りは誰も気付かない。

ある一人を除いては……










■ ■ ■












彼女はいつも誰かに畏れられ、いつも何かに見惚れていた。

彼女が見ているものとは、空だ。いつも虚脱に空を見ている。

担任、教師もまた彼女を畏れていたので、何かを言う事はなかった。

そしてそんな脅威が二人も居るクラスの中で、ついに事件は起きてしまう。

それは化学室での実験の事だった。

既に火の点いているガスバーナーを誤って倒した事により、丁度その真向かいに座っていたの手を焼いたのだ。

焼ける臭いが充満する。

その時には怒ることも、痛がることもしないで、ただそんな自分の有様をまじまじ見ている。

しかしその倒した当人はそんなにいきり立ち、挙ってを罵った。

それも無理はない。今まで触らぬ神に祟り無しの付き合いをしてきたのだから、気が動転する事だってある。

しかも、彼女はずっと“何も言わないまま”だったのだから。

がしかし 全治三週間の火傷を負ったは、その日以来少し変わった。最近、空だけでなく教室の中にも目を向ける

様になったのだ。

それは誰かを見ているわけでもないし、遠くの掲示を読んでいるわけでもない。彼女の捕らえるものは、すべてが“(から)”だ。

そして、そのおかげで彼女の評判は更に悪くなった。

つまり、それまでになかった妙な噂(やら)が、事故の日からついに表面化しはじめたのだ。

それからの彼女は今までよりも孤独になったが、本当はそんな事一つも気にしてはいない。

どうでもよい事だ。

周りの人間なんて関係ないのだ。


しかしこんな状況にも関わらず、彼女に近付く人物がいた。

麻倉葉だ。

彼は人がどんな境遇の持ち主かなんて気にしない。と接触する事も大した事ではないと考えているので、あの

化学室の事だって、を最後まで見とどけたのは葉だった。



「よぉ。ケガの方はどうだ?」



そう声を掛けられても、が葉の顔を見ることはない。

相変わらずの無表情……生気の抜けたような目をして空を眺め、ゆっくりと瞼を下ろした。

そして次にその黒い瞳が睨んだ先は、教室の中の“(から)”だった。

その瞬間、葉ははっとする。



、お前まさか……阿弥陀丸が見えるのか…‥?」










■ ■ ■










は一瞬、奥の間に消えていくアンナを見た気がしたが、すぐにまた庭の方に目を遣った。

あの後。

(から)”を泳いでいたの視線は葉の瞳に入り込み、淡い靄をかけた。



「阿弥陀って‥…何?」



それは、生きた彼女の声をはじめて聴いた瞬間だった。

いや、まだそれは“生きていなかった(・・・・・・・・)”かもしれない。

しかし少なくとも、返事以外での彼女の声を耳にした事はなかった。

それからは結局、一から阿弥陀丸の説明をする訳にもいかないので、アンナと共に暮らす“自宅”までを招いたの

だ。

だが、やはり話しは進まない。何の切り返しもなく、ただ葉が「あー」とか「えーっとな」とか言いながら、ただ茶や菓子

を勧めているだけで途切れてしまう。

普通の人間には見えない阿弥陀丸も、そんな葉におろおろする。


熱の出入りもなく、この世を見ているのか、あちらの世界を覗いているのか判らないそんな中途半端な躯。

蝋の様に白い肌は溶けるほどに艶を増し、見る者全てを凍らせてしまう。

皆、彼女に魅了されてしまうのが怖いのだ。

阿弥陀丸は、校庭で彼女を見掛けてから、ずっとそう思っていた。

を見る目に、情が湧く。

一方のは、そんな事は知らないで外を見ている。

すると、こんなんじゃ埒があかないから、葉は自分に「よし」と頷くと、へ向かって話しはじめた。



「あのな、。俺の隣に浮いてるのが阿弥陀丸っていうんだ」



紹介された事にびくりとし、阿弥陀丸は姿勢を整える。



『よ、よろしくでござる………』



どうせ彼女がこちらを見る事はないので、そんな間抜けな挨拶で赤面したって、あまり関係ない。

が、それは少し寂しい事だった。

そして、葉は語る。



「でな、この阿弥陀丸ってのは普通見えねェっつーか……霊ってやつなんよ。で、こないだが火傷した日、俺の他

についてった奴いたろ?まん太って言うんだけどな、実はあいつもと同じで霊が見えんだ。」



今日は塾だから来れなかったんだけどな。と、葉は締め括った。

ずっと無意識にどこかを見て話していたせいか、ふと見たと目がぶつかり、少し驚く。

話しを聞きながら、自分の事をずっと見ていたのだろう。

そんな彼女に、葉はにっと笑った。

そしては葉に尋ねる。



「 ねぇ、麻倉葉くん 私には憑いてる? 」


「 私の殺した人たちの霊が 」


「 私には見えないの 」



そう言った彼女は、少し笑った気がした。
































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