006.サヨウナラ
†練金術師と練禁術師†
明かりを射しはじめた屋敷の中で、机に突っ伏し寝ていた女は目を開いた。
ゴーンゴーン リーンゴーン
自分の部屋だけでなく、廊下の隅々まで通る鐘の音。本日はじめての客がやって来たようだ。そっとカーテンの隙
間を縫って玄関先を見た執事は、そこに居る人物に溜息をついた。
金髪に変な帽子を被った男性に、小さなくりくりの少年。
だいたい、此処にやってきた一般人は何年ぶりの冒険者だろう。主人の完全蘇生術を知った者が訪れるようになっ
たのは、確か8年程前の事だった。泣きながら汚い子供の亡骸を腕にした男女と、血塗れの男、または女を背負っ
たカップルの片割、小さな子供が“友達だ”と言って引き摺って来た少年少女もいた。
そして、その時からの自分の仕事とは「金の無いやつは追い出す」というもの。
心苦しいと思う事は殆ど・・・・否、全くと言っていい程無かった。
―だが今日は、これまでと客の“質”が違う。
「お金はご用意頂けましたか?」
「あのっ・・・・」
「まだです。ケドっ・・・・・」
「貴方、ファウストと呼ばれていましたよね?つかぬ事をお伺いしますが、もしやヨハン・ファウストの御子孫様で
いらっしゃいますか?」
「え・・・・・・あ、ハイ。ソウデス。」
やはり・・・・と心で頷いた女は、少し咳払いをしてみせた。
このどこか不健康そうな体つき、遥か彼方を見ている瞳。
それが昨夜、本に載っていた彼ととても近いものがあったのだ。
「・・・・やはり、そうでしたか。まぁ、そんなことはともかく、お金が無い限りは作って頂かないと、お話になりません。
お帰り下さい。」
「あのっ、その前に一つ貴女に聞きたいことがあるんデス」
「・・・・・・・・・・・」
「死者は・・・・・・どんな形でも蘇生する事は可能なのでしょうカ?」
「どんな形・・・・と言いますと?」
「ハイ。例えば・・・・・骨だけになってしまっても」
昨晩は暗かったせいで見えなかったファウストの隣にある骨に、執女は目を細めた。まれに来るこういった客には、
困るどころか頭を抱えてしまう。
たいていの場合、ある程度の原型は留めている状態で保存をしておくことが“礼儀”というものではないだろうか。
女は一瞬落胆したが、その時彼の先祖を思い出し、ふと断りの言葉を飲み込んだ。
ネクロマンスを扱う彼なら、伝って伝って多少の術は心得ている筈だ。否、多少等ではない。もしかすれば、ある分野
では、“主人”を遥かに上回る知識を持っているだろう。
執女はファウストを一瞥すると、彼らに向かって口を開いた。
「骨のみですか?少々お待ち頂けますか。主人と少し相談してみます」
「え?」
「あなた方の気持ち、多少なりとも私に伝わりましたから。その回答を聞くついで、交渉も」
「ほ、本当デスカ!?」
「やったね、ファウストさん!」
背後で喜ぶ2人を後に、執女は邸の階段を一歩一歩上って行った。
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自動的に開いた門に、まん太とファウストは歓迎された。中に入ると、今にでも崩れそうな階段に薄く光る
シャンデリア。落ち着きがあり、なんとも暗がりの多い室内であった。
通された客間には、高級そうなアンティーク調のソファーがあり、腰掛けたとほぼ同時に、紅茶と茶菓子が
ガラステーブルにそっと置かれた。向かいには出迎えてくれた女性が座る。
「ご挨拶が遅くなり、大変失礼いたしました。私はここでご主人の使いをしていると申します。どうぞ、
よろしくお願いします。」
「こちらこそ……」
「さっそく本題ですが、先程マスターと連絡を取ったところ、可能である、との返答がありました。但し、外観を
留めない死者の完全蘇生は、大変な危険を伴う上、非常に難しいものであるとのことです。私の勝手な勘
なんですが、ファウスト様。貴方の隣にある者を蘇生したいと仰るのであれば、最悪の場合、蘇生に失敗す
るということを、心得ておいて下さい」
「失敗すると、例えばどういう危険が伴うんデショウカ?」
「施術者の、死です。」
ファウストのその質問に、は無表情で答えた。その顔があまりに変化のないものだったから、まん太はどこ
か、体がぞくっとするのを感じた。
その回答に続き、彼女が言ったこととは、死者を蘇えらせることが如何に危険なことかということを思い知らされ
る内容であった。
蘇生には、長時間に及び膨大な巫力と精神力を消費するため、どんな危険を伴うか予測不能であること。
ただ死を迎えるのならまだしも、その膨大な巫力に犯された体が、魂を持たない生き物、つまり属に言うゾンビの
様な状態になったり、望まぬ不老不死の体を持ってしまう等が危惧される。
ミイラ取りがミイラ以上の化け物になり、この世を徘徊する様なものだ。
それを聞いたファウストは、どこか「矢張り…」と、納得していた様だった。そもそも彼は、生粋のネクロマンサーだ。
それが如何なる代償を払うものかも、彼はよく理解かっている。
だから、尚更不思議でならなかった。何故、この執女が、無一文に近い自分たちを、受け入れてくれたのか。
「サン、教えてくれて、アリガトウゴザイマシタ。ただ、今の僕には、支払えるだけのお金はありマセン……。デモ、
完全蘇生が出来るという事を聞けて、よかったと思ってイマス。なんとかすれば、僕の力でもエリザを生き返らせる
ことが出来るかもシレナイ。」
意欲が湧きました、と、屈託のない笑顔でいうファウストを見て、執女はそのままの無表情で、分厚い紙束を取り出
し、ファウストの前へ置いた。
一体何だろう?と、紙束を覗き込むファウストに、は切り出す。
「それを承知で、私はマスターに提案しました。貴方は、稀代の天才であるヨハン・ファウストの子孫であるのみでなく、
ご自身でも、新たなネクロマンスの道を開拓されていますね。それらの知識を、私どもにもご教授願いたい。それを
交換条件として、施術を承るかたちは如何でしょうか?」
「僕のこれまでの実験成果を、貴女方に教えるということで、完全蘇生をシテもらえるとイウコトデスカ?」
「その通りです。更に、ファウスト様にこの蘇生のお手伝いをして頂くことで、マスターの危険を回避することも可能だ
と考えます。勝手な言い分で申し訳ありませんが、如何でしょうか?」
「もちろんです!僕も、愛しのエリザのために、施術に参加スルコトを望んでイマシタ。是非、お願いシタイデス」
その返答を聞いて、執女はどこかほっとした様な表情をした。交渉成立の意を示す為に用意された紙の束には、今回
の契約内容と、サインをする箇所が書かれている。
自分が話した内容と、書かれている内容が違っていないか、よく確認してからサインをしてほしいと言ったは、席を立ち、
新しいお茶を淹れるため、部屋を後にした。
私のイメージとしては、このお屋敷は「美女と野獣」の野獣家みたいなところを想像しています。
美女と野獣、好きなお話なんですが、映画観たのが小学生の時以来なんですよね…><
って、そんなことはどうでもよいですね;;
まぁまぁ、そんな想像をしながら書いています。
一緒に施術をすることが決まった二人。
この先どの様に展開するか気になった方は、またお付き合いくださると嬉しいです!!
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