逃れられない過去がある
拭い切れない傷がある
示しきれない痛みがある
オレが産まれたコト事態 罪だから
act 7 : 「後。跡。痕。あと。」
これは、一行がとある小さな村に立ち寄った時の話だ。
まだ陽が高いうちに宿に着いた筈が、この小さな村には旅通りが多い為、狭い部屋が二つしか取れたなかった。
こんなことはよく有る事であったが、宿のフロントに集まる面々はどうにも不服そうな顔つきをしていた。
「ヤローを二人部屋に三人押し込めるってどうなの?」
「悟浄。文句あるなら外行けよ、外.。広いから丁度良いだろ。」
「そうだ。の言う通りじゃねぇか、悟浄。文句があるならお前だけ外で寝ろ。その方が、こちらも都合がいいからな。」
「はぁ!?じゃあは俺と一緒に外で寝るってことでオッケーだな?道連れだこいつっ!」
「ダメだ!は、俺と一緒の部屋になるんだよなっ!」
「ちょっと待って下さい悟空。二人は僕らに比べて体が小さいから、別々にしてもらわないと……」
「結局、男と一緒なのには変わりねぇんだな……」
はぁ…と溜息をついたの言葉を聞き、「確かにそうだ」と肩を落とした一行は、それでもどこか楽しそうだ。
争奪戦と言っては難だが、この“少年の様な者”をもっと知りたいと思うことは、皆同じことであった。
謎を持つ者に興味や憧れに似た感情を抱くことは、誰にだってあることだ。
だからこうして、遅くまで少年と言葉を交わす口実として、宿の一室を共にしたいという欲求が湧いてくるのだ。
それぞれにそんな事を思いつつ、いざ部屋割りを決めようと男たちがその雁首を卓上に揃えはじめた頃合いだった。
宿のカウンター裏にあるドアが開き、中から出てきた20歳半ば程の美しい女性が突然の近くまで歩み寄ってきたのは。
真っ直ぐに自分へ向かって歩いて来たものだから、はすっと一歩程後ろへ躰を引いた。
そして、以外見えていないと言った様子のままにっこりと女性は笑い、両手を胸の前で合わせてこんな事を言ってきた。
「な、何……?」
「突然、ごめんなさい。お店の裏から、あなた方のお話しを聞いていて、つい……。私は、この宿を営んでいる者の娘です。今日は、せっか
く来て頂いたのに、部屋がいっぱいでごめんなさい。」
「いや、しょうがないよ。貴女が気にすることじゃない。」
「いいえ。気にさせてほしいんです。男の人5人で2つの部屋では、窮屈だと思います。だから、もしよかっらた、あたなは私の部屋に泊まっ
て下さいな。」
「え、オ、オレ?なんで……っ」
困惑した表情のは、三蔵たちの顔を見ながら、何故か少し助けてほしいという目で彼らに何かを訴え掛けた。
そもそも自分は“男”だ。
年頃の女性がそんなに簡単に自分を部屋に泊めてもいいのだろうかと、は“遠慮”しているのである。
動揺した理由はそれだけに収まらず、なんとなくいろいろとまずい様な気がして、どう断れば良いのかは思案していた。
「さぁ、こっちです。」
そんなの構想虚しく、娘は少年の手を両手で包み力強く引っ張った。
強引な娘に手を引かれ、は覚束ない足取りで部屋の奥へと消えて行ったのだ。
それはまるで嵐の様だった。
娘の自己紹介からはじまり、が連れ去られるまでの数分の間、一行はただ呆然とその光景を見守っていただけだったのだ。
呆気に取られる悟浄が煙草をぽとりと落としたのを合図に、彼らの時間はやっと動き出す。
「って、モテるのね……」
「な、なんだよ、あいつ!しか見てなかったじゃんか。なんか……感じ悪ぃ〜……」
「あ、あはは……仕方ないですよ。では、我々も部屋に向かいましょうか…」
「………」
*******************************************************
ぼんっ
部屋に連れてこられたは、ドアが閉まったとほぼ同時に、その女性の手で無理矢理ベッドの上に押し倒されていた。
がそれに驚き、声を発そうとした次の瞬間だった。
自分を組み敷いている娘の背後から5、6体の妖怪が飛び出してきたのは。
その妖怪たちは娘と立場を交代すると、の腹にずっしりとした重みが加わった。
「ケケケケケッ!お前が俺を不死身にしてくれるっていうヤローだな?」
「ここまで付けて来た甲斐があったてもんだ。こんな小汚ねぇ村でも、上玉がいるんだもんなぁ。同時に頂く良い口実ができたっても
んだ!!」
自分の上に居る妖怪の先には、娘の白く細い腕を掴み、下衆な笑みを浮かべた妖怪が舌なめずりをしていた。
娘は泣き叫ぶ事も忘れて、青ざめた顔で目の前の妖怪を見ている。
それを見たがすかさず立ち上がろうとすると、上に圧し掛かっている妖怪が自分の両の腕を掴み、ベッドに組み敷いてくる。
嫌な笑い方をし、これでもかと自らの牙をに見せ付けてくる、腹の上に乗った妖怪。
そして、と娘を交互に見てその妖怪が言った。
「じゃあ、俺はまずこっちの血からいただくぜ!!」
妖怪は興奮気味にのマスクに手を掛けた。
待ちきれない手が白い布を強く引き、隠されていたの顔が露になる。
白い肌の上に、銅色を呈した髪がぱらぱらと広がった。
少年は、妖怪たちにどう映ったかは知れない。
ただ云えるのは、この世のものとは思えぬ血の色をした眼が、真っ直ぐに妖怪を見ていた。
それを見た妖怪は一瞬息を呑む程であったが、やがて何匹かの仲間たちと顔を見合わせにやりと嗤った。
「やべぇよ!勃ってきちまったじゃねぇか!!」
「血より先にいただくモンができちまったぜ!!」
おそらく、この様な動物等にとっては、彼が男であろうと女であろうと関係が無かったのだろう。
目の前にこの様なものを晒されて、「はい、それじゃあ血液のみ頂きます」では、治まりがつかなかった。
腹の上にいた妖怪は乱暴手な手つきを柔らかいものに変え、の腹から腰辺りを触りゆっくりとその腕を上に移そうとした時だった。
「触るんじゃねぇ、下衆」
その手に抗ったのは、が発した言葉のみだった。
微動だにせず、はそうとだけ言ったのだ。
「あっ?」
「汚ねぇ手で触ってんじゃねーって言ったんだよっ」
これは、の護身だ。
自分が手を出せば、人質同然である宿の娘の命が危険だと思ったからだ。
そして次の瞬間、頭に血が上った妖怪がの胸倉を掴み、思い切りその左頬を殴った。
バキィッッ!!!
厭な音と共に、首があちらの方向へ曲る。
右、左、右、左、右。
ドゴンッ!!!
何発か同じ場所へ交互に殴った後、最後の一発と謂わんばかりに、妖怪は渾身の力でを殴った。
吹っ飛んだ白い物体が勢い良く壁にぶつかる。
その反動で前のめりになった躰。ゆっくりと膝に手をつき立ち上がると、はその腕で口元についた自分の血を拭った。
「はぁはぁ……、チョーシのってんじゃねぇぞ、てめぇ!!」
その声を聴いているのかいないのか、娘の傍に飛ばされたがそっとその女の瞳を覆うと、ゆっくりとした動作で妖怪を見た。
少年が少し、嗤った気がした。
「殴ってくれた礼だ。受取れくそヤロー」
娘が自分をベッドに組み敷いた時、蚊の鳴く様な声が聴こえていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」と。
何度も、何度も。
*******************************************************
「っっ!!!」
勢いよく吹っ飛んだドアからは、大きな音を聞きつけた悟空たちが挙って走り込んできた。
そこで一行が見たものとは、その場で倒れている数匹の妖怪と、その中でゆっくりとした動作で立ち上がっただった。
よくよく見てみると、倒れている妖怪のどれもが出血している様子などなく、そのどれもがあちらの方向に首を曲げていた。
想像できる。
ごきゅっという厭な音と共に、妖怪たちの首がいとも簡単にぐるんと回る光景が。
血戦を避けたの心内が見える様だった。
その当人はと言えば、賑やかにやってきた自分たちに気を留める素振りなどあまりなく、僅かに見える横顔を少しばかり覗かせている
だけである。
一行が知らない間に取り去られた口当ては、これまでよりも深く被られている様に見えた。
一人、白く咲いてる。
「何があった?」
なかなかこちらを向かないの傍らに近寄り、悟浄がその肩を掴んだ。
振り向かせたことによりの正面がこちらを向くと、悟浄はその白い口布に赤い染みが滲んでいることに気付く。
この白いものに、こういったものが着いているところを見たのは初めてだった。
悟浄はその部分に手を差し延べようとしたが、から何らかの気配を感じ取りその手を引いた。
「……この子を、頼む。」
悟浄に娘の体を預けたは、それだけ言い残し部屋から去って行った。
――いろんな事に余裕がなかった。
それは、いつしか自然に無くなるものだと、どこかで勝手に思っていて
そんな筈なんて無いのに、根拠も無く思い描いてしまった自分の理想が、また何かを傷つけていく
そう
いつも傷つくのは自分ではなく、自分の周りに存在するものだ
だから、何者にも心を開けず
否、開かずに
それを運命と決めつけて、逃げて続けてきたのが自分という生き物なのだ
本当は、もう何もかもが嫌だったのに
*******************************************************
「観世音菩薩様!途中で会議を抜けられては困ります!!」
「どーでもいーんだよ。あんなクソ爺ぃ達の集まりなんてよ。そんなことより、大分見逃したじゃねぇーか」
「観音菩薩!そう言う物言いは慎んで下さい!!」
観世音菩薩と呼ばれた一見女性のこの人物は、両性体をもち、天界でも最上階に君臨する菩薩である。その近くで何やら文句を垂れて
いる爺は、菩薩の従者である二郎神だ。
「ん?あいついつの間に………。そうか。あいつらと行く事にしたのか。へぇ……カワイイ格好しやがって」
菩薩は、澄んだ池の上に乱れ咲いている睡蓮をつんと指先で跳ねた。
「おぉ!!彼女も500年前と全然変わっていないですね」
「全くだ。あいつのキズも……全然変わっちゃいねーな……。」
――― お前はそこにいればいい。
そいつらと一緒にいれば、自ずと判るさ。
それはお前にとっても、金蝉たちにとっても必要な事だ。
お前たちが天界で生きていたあの頃の様に―――
*******************************************************
日が明ける頃には宿に戻ってきた。昨夜、娘を悟浄に預けたまま宿を後にし、そのまま丸一晩戻っては来なかったのだ。
そっと扉を開けた筈なのに、中に入った途端にまた突然とあの女性がの前に現れ、今度はその腕での肩を大きく抱いた。
「本当……に、本当にごめんなさ…………」
泣きじゃくるその女性に困惑しながら、は自分の空虚を拭い切れずにいた。
何故この女性が泣いているのかが、にはもう解らない。
悪いのは自分なのに、泣きたいのは自分の筈なのに、また誰かが自分の前で悲しんでいる。
だからは、搾り出す様に全てに対して弁解するのだ。
「お前が悪いんじゃない。悪いのは全てオレだ。」
胸に顔を埋めてくる娘を遠ざけるように目を背けると、は今ここに居る者が自分でない様な感覚に陥った。
気分の良いものではなかったが、仕方がない。
「そこに居るのは、ですか……?」
宿の階段上から声がしたかと思うと、とんとんと音を立てて八戒が姿を見せた。
が娘に抱きつかれている様を見て、八戒はやや顔を顰める。
「彼女から話しは聞きました。皆、心配していたんですよ。」
「………」
「あの後、貴方がどこかへ行ってしまったので、“心配”していたんです。」
誇張して言う八戒は、怒っている様だった。
ああ、そうか。自分が勝手な行動をしたから、今頃妖怪に喰われてるんじゃないかと「心配」していたのか。
はそう思った。淡い期待なんてするもんじゃない。傷つくのは自分ではなく、自分を取り巻く周りのものたちだ。
けれど少年は、“本当の答”を知りたいと思ってしまった。
今の自分は、ちょっとおかしいのだ。そんなことを思いながら。
「なんだよそれ……何でそんなこと……」
「…。貴方は、本当に何も解っていないんですね。」
俯くに、にっこりと笑った八戒が言う。
「。あなたは僕たちの、仲間じゃないですか」
自分が帰ってきた場所には、寝不足で顔を青くした
仲間たちがいた。
*******************************************************
<後日談>
が帰ってきたその日。結局以外の四人は、寝不足と妙な疲労でその宿にもう一泊した。
そして何故か、寝床に就いた彼らの目を忍んだ宿の娘に連れられ、はとある店に連れ出された。
散々、身体に女性らしいものの服を当てられ、「うん。やっぱり貴女はこの方が素敵ね」とか言われてしまい、はとにかく困惑していた。
「昨夜のお詫び」と言う割りには、ちょっと強引なものであったことは確かだ。
娘曰く、「やっぱり女の人はお洒落しないと勿体無いわ」だそうだ。
が妖怪に口当てを取られた後を、娘はしっかり確認していたのだろう。かなり抜け目無い女性だったのだ。
本来の自分は皆に内緒にしてくれと娘に頼んでいたは、第三者から見たら不思議なものだっただろう。
そうして一時、着せ替え人形と貸したの荷物の底には、彼女に頂いた服が丁寧に封印されている……らしい。
管理人@眠い : 出会いから一区切りついたところで、ここらを二章と改めまして、新たに初まっていく訳です。
三蔵 : ほう。では、以前までの一章とこの先どこが違うか言ってみろ。
管理人@眠い : ギャグをなるべく減らしていってだな……
三蔵 : (………やっぱ馬鹿だな、こいつ)
管理人@眠い : 意図的にギャグを減らすというより、今後は自然と減っていく展開になるとかと思います。
今回は最後やや逸れましたけど、こういうの一切なくなると考えて頂いてだな……
八戒 : そう言えば今回は、観音と二朗神のお二人が初登場でしたしね。
悟空 : あ、俺もそれ思った!
管理人@眠い : ですです。
悟浄 : これからだんだん変わっていく感じだな。
管理人@眠い : はい。ついでに言うと、今日のポイントは「特になし」です。
八戒 : ポイントなんてはじめて聞きましたけど……
管理人@眠い : 尺の問題ですかね。(笑
悟空 : なんだかよくわかんねぇけど、二章もはりきっていこうな!=次