006.サヨウナラ
†練金術師と練禁術師†
あれから数日後。
ご主人への通達役であると打ち合わせをし、使われている一部の機械に目を通したファウストは、そこで何度も目
を白黒させ、楽しそうに機材に触れていた。
以前が読んでいた"遺伝子培養と降霊術法を用いた人体完全蘇生”という本には、これからの実験に役立ちそうな
事ばかりが書き込まれていた。
しかし、この本に書かれている内容は成功した試しがない。世界最高の錬金術師である“この館の主人”や、稀代の
天才ファウスト三世の子孫である、ファウストででさえ、成し遂げたられなかったことだ。
これまで出来なかったということには、それなりの理由がある筈だ。
「さん。これはもしかして、ロマンスのお話しデスカ?」
「その様です。大恐慌時代のアメリカ学者が書いたものらしいのですが、タイトルに似合った、内容のある一作です。」
「はい。とても現実味があって面白い本デシタ」
「ところで、その本が流通されなくなった理由が、ファウスト様にはお解りになりますか?」
ファウストの膝上で話しを聞いているまん太は、日本に居た時から塾で勉強していただけあって、理解が遅くとも、その
内容になんとかついて行く事ができていた。
大恐慌時代のアメリカ。
食糧難に襲われ、株の急降下などで悩んだその期のアメリカでは、なんとか生きようとする者の中でも、死者続出は
どうしても抑えきれぬものであった。
そこで描かれたロマンたっぷりの映画や小説、学術などでは、とにかく娯楽を求めるものが多く出版され、ファウストの
様に、ネクロマンスに賭ける医師や巫女、呪術者を目指す者が急激に増えた。無論、それは人を救う手段としてなのだっ
たが、それに反し、ネクロマンスを悪用する者がいたことも確かだ。
“遺伝子培養と降霊術法を用いた人体完全蘇生”を書いた著者は明らかになっていないものの、その者が“悪用”の囲
いに入っていない事は、文を解めば歴然だった。
本には細かい占術、巫術の指示と、医学との合併方が綴られており、館のご主人の元慣れ親しんだや、錬金術を本
職とするファウストにとっては、ロマンスの枠から出きれない部分は多く見受けられた。
しかしながら、そういった恐慌という時代。最悪の状況に晒された人間には、とても夢のある物語だったのだろう。
そして、この本が出版停止となった尤もな理由とは、こういったロマンスを信じ込み、深い知識を持たない者たちが、軽易
にネクロマンスに手を出したことで、更なる被害を呼んだためだ。
恐慌に続く第二次大恐慌とは、ネクロマンスに魅入られた人間たちが、次々に死を迎えてしまったことによるものであっ
た。著者が明らかにされていないのもまた、恐慌時代のアメリカ国に大きな悪影響を及ぼしてしまったからに違いがな
い。
「でも気になりマスネ。最後の章には濁りがあるモノノ、それまでの文には妙に信憑性があリマス」
「そうですね。その方が日本の陰陽道も噛んでいたことから、私が読むに、彼は途中の段階まで実験を成功させていた
ものと思われます。」
「実験ヲ・・・・・?」
「ほら、ファウスト様が仰った様に、最終章はただの思想価値にしかなっていません。おそらく、そこだけは他の人物の補
足書きになっているのではないかと……」
「サン?」
「はい?」
「なんでもありマセン♪」
またにっこりと笑ったファウストに、はっとする。
私の言った事なんて気にしないで下さいと恐縮するが、それも“ハイ”の間で片付けられた。
― 人に隔離されるように暮らし、幼い頃からここにいた。 ―
話し相手は“生き返らせてくれ”の言葉しか発しない人間くらいで、自分はその人間たちに、冷たい言葉を吐き続けることで
正気を保っていた。
その者たちに突きつけた言葉は、自分へ投げ掛けていた言葉だったのだから。
その時から、ずっと解っていた。
生き返らないと告げるべき相手は、自分なのであると。
マスターなんて、本当は存在しないのだ。
懸命に学説と自分の理論とを話すはとてもキラキラとしていた。同種を見つけて喜ぶ姿は、まるで昔の自分のようだと、
ファウストは思った。
今はそれが遠い過去のように思えて、満足のいく環境が与えられたファウストは、何か妙にムズムズする小さな感情を
抱いた。
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その日の夕食後、いつものようにお茶の時間を楽しんでいた3人の中で、久し振りに実験以外の話しが持ち掛けられた。
「ねぇ、さんはなんで、僕たちと一緒にご飯を食べないの?」
「お客様と食事を共にする事は、許されておりません」
「それは“ご主人”の言いつけなんですか?」
「いいえ。執事というものは、通常この様な立場であるものです。同じ目線でマスターのお客様とお話しすること等、許され
ません。」
「じゃあ、僕らがいいって言えば、問題ないんだよね?ねぇ、ファウストさん」
「あ……いえ、それは…」
「そうデスネ。僕らを一番にするお仕事なら、僕らの言う事は断れナイハズデスヨネ。さん、次からは、貴女も此処で僕ら
と一緒に食事を摂ってクダサイ」
「・・・・・・・しかし」
尚も頑固なに、最終的には「命令だ」などと言う暴挙に踏み切り、彼女との団欒を望んだ。
どうせ後の茶で顔を合わすのなら、はじめから居た方が自然だろうという事もある。寂しいと言うのはへの配慮でもあった
が、『自分たちを満たしたいから。』そちらの方が大きかったのかもしれない。
人形の様に言葉を並べる執事へ、その心配分はまん太たちにとって充分なものだったのだろう。既に2人は、がお気に入り
なのだ。その後の“敬語禁止令”は流石に固く拒否されたが、気に入らない“様”つけの難は逃れた、迷惑な客たち。
そうしてこの会話は、時間と共にお馴染の話題へと移っていった。
「その話は、この辺りでご勘弁下さい…。本日は一点、私からお伝え忘れていた事がございますので、聞いて頂けますか?」
「えぇ。ナンデショウカ?」
「またご面倒事で申し訳ないのですが、一点、お目通し頂く書類を、忘れておりました。記載内容をご確認の上、サインを頂け
ませんか?」
「これって、蘇生者と蘇生同意人を記載する書類?」
「はい、その通りです。万が一の間違いがない様に、記載頂いております。」
「じゃあ、僕が書きマスネ」
差し出された書類にペンを走らせるファウスト。
蘇生者名 −エリザ・ファウスト−
蘇生同意人 −ファウスト[世−
蘇生者との関係 夫
「『エリザ・ファウスト』ファウスト様が、最初に仰っていた方のお名前ですね。」
「えぇ。僕の愛妻ナンデス。僕はエリザを、心の底から愛シテイマス」
「そうですか。奥様を…」
にっこりと笑ったファウストに、は同情する様な言葉を吐いたが、その顔は無表情であった。常日頃、表情を作ることがあまり
なかったから、この顔でいることに慣れてしまったのかもしれない。
本当は、確かに聴こえた音。心が軋む音。
これは間違っていないのだと、は自分に言い聞かせる。しかし、なんだか少し苦しくなって、彼女は少しだけ目を伏せた。
それが何によるものなのかは、彼女以外知らない。否、彼女自身、何によるものか、はっきり解っていなかったのかもしれない。
本当の原因は、今後、ファウストが一番に知ることとなる。
まだまだ、甘くする気は全くない私…;;
前置きが長くて申し訳ないとは思っているのですが、書きたいんだものどうしても><;;
まだまだ続きます^^
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